教育長のひとこと

4月から附属学校教育局教育長になりました茂呂雄二といいます。

専門は学習心理学、発達心理学です。とくに、パフォーマンスの視点から、人々の学習と発達について考える『パフォーマンス心理学』を開拓しようとしています。パフォーマンスというのは、普段やらないこと、普通やらないことにあえて挑戦することを意味しています。リスクをとってでも新しいことにチャレンジすることを意味します。

注意が必要なことがひとつ。普通にパフォーマンスというと成果主義の立場が多く、出来映えや出来高を意味しますが、パフォーマンス心理学ではそうではありません。それぞれの人が、今までやったことのないことにチャレンジすることと、チャレンジの勇気を重視します。

ちなみに、パフォーマンス重視の視点は、学習や発達の心理学だけでなく、カリキュラムや教授法を議論する教育学にも、企業や仕事場における人間関係や言葉遣いに関するコンサルテーションにも、その他に人文地理学、カルチャースタディー、政治理論、科学技術の社会学等の学問分野に広がっています。

子どもや若者達の発達支援場面で、パフォーマンスや演劇的、即興的なやり取りが生み出すパワーに、いま、大きな注目が集まりつつあります。即興パフォーマンスが、どのように子ども達の発達を助けているのか、パフォーマンスに着目した研究実践事例を紹介しておきましょう。これは本学がいま連携を進めているオハイオ州立大学の事例です。

英国ロイヤルシェークスピア劇団の女優でもある、ケリー・ハンターは、自閉症児向けのハンター・ハートビート・メソッドを考案しています(Hunter, 2014)。シェークスピア作品の形式と内容が、自閉症児らにとって大変役に立つという仮説に立って、自閉症児がプロの俳優達とシェークスピア劇の一部を演じる中で、コミュニケーションや視線接触を上手にパフォーマンスできるようになるメソッドを考案しました。

まず形式面ですが、シェークスピアのほとんどの作品が、弱強5歩格というリズムで書かれていることが知られています。このリズムはトトン、トトン、トトンとまるで脈打つ心臓のようなビートが創り出すリズムで、私たちが母親の胎内にいる時から触れてきた基本中の基本リズムです。このリズムで芝居の台詞を声に出すことは、コミュニケーションをする上での安心感を得ることができるとハンターは考えています。

内容面についていえば、シェークスピア劇のテーマが、自閉症の子ども達に“心の目”を与えることを可能にするとハンターは考えています。自閉症の子ども達は、自分の考えや感情を表現するために、大変な苦労をします。ハンターは、ハムレットの有名な台詞(“俺の心の眼にだ、ホレイショー”)にも表れる“心の目”をキーワードにします。シェークスピア作品のなかの話すこと、見ること、考えることが含まれるプロットを子ども達と演じることで、劇中の嫉妬、愛、野心、怒り等の複雑な感情を子ども達にも共有してもらえる、という考え方に基づいています。

このメソッドを、米国のオハイオ州立大学のナイソンジャーセンターは、自閉症児のコミュニケーションの改善のための手法として採用し、有効性の確認を試みています。

このパイロット研究(McClatchy, 2017; Ohio State University, 2012)では、2つのグループが、毎週、パフォーマンスゲームに参加するというセッションが2年間継続されました。いまのところ、いわゆる数字で表すような定量的な証拠は公表されていませんが、公開されているビデオを見るかぎり、自閉症の子ども達が苦手とする、視線を合わせることや言語的コミュニケーションを、より善いものにする上で役立っているといって良いと思います。

ビデオ資料から、ハンターのメソッドを使ったゲームの様子を見てみましょう。10数名自閉症の子ども達と俳優あるいは訓練を受けた大学院生が交互になって輪になって座ります。リーダーが自分の胸の心臓の辺りを、右手で軽くやさしく、脈拍のようにトトン、トトンとたたきます。全員がそれを真似します。やがて、トトンに合わせてヘロー(/helóu/)といいます。弱強ー弱強のリズムで、トトン=ヘ・ロー(/he- lóu/)と繰り返します。慣れてきた所で、優しいヘローや、怒ったヘロー、悲しいヘローなど、感情をこめてパフォーマンスします。参加している子ども達は、いわゆる高機能の子もいれば、コミュニケーションをほとんどしない子もいるようですが、皆このリズムに合わせることができて、しかも楽しそうにパフォーマンスしていることが見てとれます。

この導入的なパフォーマンスの後、一段進んだシーンも演じられています。それは『テンペスト』に登場するキャリバンとミランダを子ども達と俳優が演じるもので、俳優のペアが見本を見せた後で、俳優が演じるキャリバン(ある島で発見されたことばを話さない生き物)に、ミランダ(主人公プロスペローの娘)を演じる自閉症の子ども達が、キャリバンという名前を教えるシーンを、一組ずつ演じて行きます。キャリバンとうまく発音できない俳優の様子と、子どもが根気強く何度もキャリバンと教える様子そして俳優役のキャリバンが学習し変化する様子は、参加者や観客の共感や笑いを誘います。

 

ところでこのようなパフォーマンスへの着目の背景には、科学技術の進化とそれがもたらした知識の意味の変化があります。従来の学校教育は如何に効率的に知識を吸収させるかを一番に重要視してきました。しかし、いまや知識へのアクセスは非常に簡単にできます。持ち運び可能なメディアでとても簡単に知識を探し、参考にすることが可能です。教育の意味は、知識からパフォーマンスに変わろうとしています。どうやったら、新しい創造的なことばや振舞を、グループで、チームで、アンサンブルで、コミュニティーで創り出せるのかに変わって行こうとしています。

参考:茂呂雄二(近刊)「即興パフォーマンスと発達」赤木和重編著『ユーモア的即興から生まれる表現の創発―発達障害・新喜劇・ノリツッコミー』クリエーツかもがわ