教育長のひとこと NO.4

春の大型連休が終わりました。今年も、大勢の方が、帰省されたり観光に出かけられたり、あるいはご自宅でのんびりされたり、それぞれの休日を過ごされたことでしょう。

私も、久しぶりの休日で、上野の国立科学博物館で開催中の大英自然史博物館展を観てきました。連休中の夕方ということもあってか、待つこともなく入館できました。今回の展覧会の目玉は、何と言っても始祖鳥の化石です。しかもレプリカではなく本物です。比較的空いていたこともあり、しばらく見入っていました。

 

コンピュータ技術の目覚ましい発展により、本物そっくりの複製に触れたりさまざまな活動の疑似体験ができたりするようになってきました。しかし、そのような時代だからこそ、特に子どもたちには本物に触れることを大事にしてもらいたいと思っています。

 

今年の3月、私は、附属駒場中学校の卒業式で祝辞を述べたのですが、その中で以下のようなことを卒業生の生徒さんに伝えました。

『デジタル世代のあなた方だからこそ、高校生になるに当たり、心がけていただきたいことが一つあります。それは、できるだけ本物に触れるということです。もちろん、可能な範囲で、ですが。画集で絵を観るのもよいでしょうが、美術館に行けたら行ってみるとよいでしょう。CDやネット配信で音楽を聴くのもよいでしょうが、チケットが取れたらコンサート会場に足を運ぶのがよいでしょう。物事に対する感受性は、本物に触れることで養われます。例えば、CDの音楽は、デジタル化される性質上、一定の周波数帯の音がカットされます。それは、音楽を通常聴くには支障がない範囲の音ですが、その音を聴き分けられる人にとっては違和感を持つかもしれません。音に限らず、本物が持つ情報は、多くの場合、アナログ情報となっており、連続性があるため、接するうちにわずかな違いに気づきやすくなります。これが、できるだけ本物に接していただきたいと思う理由です。本物との体験の積み重ねは、あなた方の感性を豊かにし、人間としての幅を広げてくれることでしょう。』

 

私は、筑波大学の大学院では感性認知脳科学専攻というところにいます。言葉を介さずにいろいろなことを感じ取る力、これまでにない事柄を作り出す力(創造性)、これらを感性と呼び、その感性を脳科学の観点から解明しようとする領域です。英語ではぴったり当てはまる用語がなく、世界でもローマ字のKanseiで通用します。豊かな感性の土台となるのは、さまざまな感覚刺激に対する感受性です。例えば、聴覚刺激に対する感受性が鋭ければ、わずかな音の違いを認識でき、それだけ、他の人に比べて判断できる音の幅が広がることになります。感覚に対する感受性は、本物に触れることで養われます。

もちろん、現在の技術力は、元の性質との違いが通常では分からないほどのデジタル化を実現できるようになってきています。それでも、例えば、テレビで観る風景が実際の風景と大きく異なることは誰にでも分かることです。大人は、本物に接する機会を自分で作ることができますが、子どもたちにもそうした機会をできるだけ提供していただきたいと思う次第です。

 

私は、子どもの心の診療を専門とする小児科医です。そこで、今年度の『教育長のひとこと』では、附属学校教育局や附属学校群に関する内容の他、子どもたちのこころの発達に関する事柄もときどきお伝えしたいと考えています。どうぞよろしくおつきあいのほどお願いいたします。