教育長のひとこと NO.11

今年の冬は、北国では雪の便りが昨年よりも早いようです。関東もすっかり冬の気候となりました。とはいえ、西高東低の冬型気圧配置は、関東地域では晴れとなりますから、日中はそれなりに暖かい日も多いようには感じます。

今年も、昨年度に続き、『共生社会を目指す「スポーツ交流とシンポジウムの集い」』を12月10日に開催しました。午前中、東京オリンピック・パラリンピック招致の際に素晴らしいスピーチをされ、パラリンピアン(ご自身はチャレンジド・アスリートと言われています)でもある谷真海さんにご講演をいただき、その後、附属学校群の児童生徒によるシンポジウムを行いました。午後は、子どもたちだけでなく大人も加わり、ボッチャ、ドッチビー、ファーストボールの競技でスポーツ交流を楽しみました。谷選手のお話、子どもたちの発表、どれも素晴らしい内容で、「違い」はあっても「同じ」であることを感じさせてもらえるものでした。子どもたちも、温かい気持ちで帰路についたことと思います。

 

さて、前回に続き、今回は幼児期(1~6歳)の心の発達について述べさせていただきます。

先ず、1歳台で歩行ができるようになり、お母さんから離れることができるようになります。お母さんから物理的に離れることで、お母さんを離れて見ることができるようになり、その体験をもとに自分がお母さんとは別の存在であることを自覚するようになっていきます。でも、まだお母さんから離れて平気なほどには心のエネルギーが十分ではありませんので、お母さんから離れることに対する不安(分離不安)も同時に感じるようになります。一方、分離不安を抱えながらも、周囲のいろいろな事柄に対する好奇心が大きく、お母さんから離れて好きなようにしようという気持ちと行動があるため、お母さんからの接近に対して嫌がるという矛盾した反応も見られるようになります。この時期、自分からお母さんに寄っていって抱きつくかと思えば、お母さんが抱っこしようとするとむずかるということが見られることがあるのはこのためです。

また、1歳台では、認知機能が発達し、隠れた物を探そうとする行動が出現します。これは、見えていない物の存在を考えることができることを意味します。見えていなくてもそこにあることが分かることは、そこになくても存在するということの理解となり、お母さんがいなくてもお母さんの存在を心の中で信じることができるようにもなるということで、次第に不安を感じないで済むようになっていくのです。

幼児期前半は、生活習慣行動のしつけが始まる年代でもあります。生活行動の中では排泄行動が重視されることが多く、排泄行動をコントロールすることが要求されるようになります。排泄したいときではなく、がまんして後で排泄するという行動は、自分の身体を自分でコントロールできたという気持ちを子どもに与え、これが自律感として意識されていきます。自律感が適切に意識されるためには、しつけが、叱責や威圧による強制ではなく、励ましや賞賛など自分への手助けとして子どもに認識されることが望ましいといわれます。

3~6歳の幼児期後半では、生活習慣行動の自立が可能となり、自律感が膨らむことで、何でも一人でやりたがるようになっていきます。「ぼくは」とか「わたしが」などのように格助詞を使うようになりますが、これは、「自分がやる」ことへの意識が高まっている現れと見なすことができます。周囲への好奇心も高まり、いたずらと呼ばれる自発的かつ積極的な探索行動もそれまで以上に盛んとなります。こうした行動は、しばしば周囲とぶつかり、けんかになったり、注意・叱責されたりすることもあります。そうしたトラブルや叱責の中で、子どもは不安や罪悪感を感じやすくなるともいわれます。自他に危害を及ぼすような行動でない限り、できるだけ子どもの自発性・自主性を尊重する姿勢が望ましいでしょう。少なくとも、親が困るという理由で、子どもの行動を一方的に抑圧しないような配慮が大切と思います。この年代は、また、父親の存在が意識されるようになる時期です。この意識は、さらに、両親以外の家族への認識となり、家族という意識につながっていくのです。

幼児期は、このように自律性と自発性が育まれる時期です。いつでもという訳にはいかないとは思いますが、危なくない範囲で、子どもがやることを見守り、待ってあげる姿勢を持ちたいものです。